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星屑


小さい頃、七夕の日に見た夢を今でもよく覚えています。

その日はあいにくの雨で、七夕を楽しみにしていた私はふてくされてリビングにごろんと寝てしまいました。台所からは母が晩御飯の準備をしているのが聞こえてきます。外は雨のせいでもう真っ暗です。オレンジ色の照明がまぶたの裏から透けて見えます。そのせいでしょうか、ぼんやりとしたオレンジ色の夢を見ました。夢の中なのか、今起こっていることなのか、よくわからない夢です。ただ私はリビングの椅子の上に立って、一本の杖を握り締めているのです。その杖を一振りすると、金色の小さな星がきらきらきらきらたくさんこぼれだすのです。その美しさに見とれて私は何回も何回も杖を振り続けるのです。


今でもあの金色の星を思い出します。


もうすぐ七夕。

今年は晴れるのでしょうか。久しぶりに空を見上げてみようと思います。
12:47 | 思い出すこと | comments(0) | trackbacks(0) | posted by nuri
祖父の書斎






勤勉で厳格な祖父の印象は、いつも書斎で書き物をしているか、本を読んでいるか。
祖父の傍らにはいつも分厚い英語の辞書があって、みんなと話していて何かわからないことがあるとぱらぱらーっと辞書を引いてくれます。その言葉の意味や成り立ち、スペル、歴史などを教えてくれるのです。

小さい頃から私は祖父の書斎が大好きで、いつもこっそり遊びに行っていました。
金色のピカピカした懐中時計に触らせてもらったり、本の匂いを嗅いだり、大きな揺り椅子でゆらゆらさせてもらったり。
父も母もなかなか大人は遠慮して入ることは出来ない場所で、子ども心にも、ここはおじいちゃんの大事な場所だってことはわかっていたから、親に見つからないようにこっそり。それでもおじいちゃんはいつもいろんなものを見せてくれました。

私も大人になって、ここはおじいちゃんの聖域であるってことがわかるようになって、なかなか気軽に入ることはできないのだけれど、やっぱりこの部屋に入って本の匂いを嗅ぐと、なんともいえないわくわくした気持ちがよみがえります。

英文科の大学の教授であった祖父の本棚にはたくさんの洋書があります。アメリカ文学を専門としていたので、主にアメリカの作家が多いのだけど、中にはイェイツやブレイクなどのイギリスの作家の本もたくさんあります。その本の大半が原書なので、私には読むことができませんが、たまに対訳してある本もあるので、それを借りてきて読みます。

祖父の本を手に取る時の緊張感。ページを開くとたくさんの走り書きがしてあったり、所々びりびり破けていたり日に焼けて茶色くなっていたりと、本の存在感に圧倒されながらも、背伸びしていろいろ読ませてもらっていることに優越感を感じながら、この愛しい本たちを大切に守っていきたいなぁと、半分切なく考えたりもして。

今回、福岡に帰ったら必ず北九州市立美術館へミレイ展を観に行こうと思っていましたが、たまたま祖父が今ラファエル前派に興味があるというので、私の両親も祖母もみんな一緒に行くことができました。
叔父が亡くなってからというもの、祖父も祖母もふさぎがちだったけれど、1周忌を迎えて気持ちに区切りがついたのか、表情も少し明るくなり、祖父と好きな絵や文学のことについてまた話せる日が来たことが嬉しくて、その日の夜は両親もよっぽど嬉しかったみたいで、みなで遅くまで宗教や絵画や歴史について語り合うことができました。



アトリエに戻るとサボテンの花はもうすでにしぼんでいて、今年の開花を見ることはできなかったけど、祖父母の気持ちが明るく戻ってくれた時に咲いていたんだなぁと思うと、なんだか嬉しい思いでいっぱいです。



ありがとう、サボテン。



19:18 | 思い出すこと | comments(0) | trackbacks(0) | posted by nuri
ききらら






時々思うことがある
今自分がやっていることは、小さい頃遊んでいたことの延長だって。

部屋中にビーズをばらまいてブレスレットを作ったり、着せ替え人形のお洋服をたくさん作ったり、動物のお人形のパンやコップやお皿を紙粘土で作ったり、お人形のお部屋をかわいくかわいく整えたり。

どうして昔のことが昨日の夢のようにリアルに思い出せるんだろう。

あのわくわくとした感じ

あのキラキラした感じ

とくにききとららはお気に入り。女の子なら大抵の子が夢中になった、あの淡いピンク色と水色のミルキーなキャラクター。

多分、今の私もあの頃とちっとも変わっていないと思う。
きっと、根っこのところはあの頃のきらきらしたものが憧れとしてぎゅっと詰まっている気がする。

いつでも女の子はお姫さまでいたいんだ。

もっとも、私はお姫様になりたいんじゃなくって、お姫様を仕立てたいんだけど。

きれいなものを身につけるよりも、作りたい。
美しくなりたいんじゃなくって、誰かを美しくしたい。

あ、そうなんだ、って今気が付いた。

そうか、私は美しいものを作りたいんだ。

つまりは、誰かを幸せにしたいってこと。

なんだか、大きな発見をした気がする。ちょっとうれしいな。


12:59 | 思い出すこと | comments(2) | trackbacks(0) | posted by nuri
over the rainbow


きのうの空

ふっと気が付くと、窓の外がピンク色に光っていてあわててベランダに飛び出しました。

ほんの一瞬だったけど見れてよかった。

くっきりとした虹。桃色の空に浮かぶ大きな光。

台風が来る前の日はいつでも空が泣くように赤い。

ちいさな頃、お母さんの自転車の後ろに乗って「ねえ、お母さん、なんであんな夕陽が真っ赤と?」と聞くと決まって「明日台風が来るけんね〜」って答えてくれました。
台風がたくさん来る福岡の秋の空は、だからけっこう美しい。
雲もちぎったようにどんどん風に流されて、向こうから真っ黒な大きな雲がやってくる。
真っ黒の下には赤や紫やオレンジの空がちらちら見える。
海の色も黄土色になって白い波が大きく揺れている。

海が荒れる日は絶対に堤防に行ったらだめよ、って言われていたのに、ひとりでこっそり堤防をのぞいたりしてました。もう、うねる波がすぐそこまできていて、ここに落ちたら死ぬんだな、ってこどもながらに思います。でも堤防のこっちは大丈夫、早くおうちに帰ろう、って何かひんやりしたものに触れたような気がして後ろを振り向かずに走って帰ったちいさな頃。

自然の海や川が遊び場だったこどもの頃、いつでも死と隣り合わせだった気がします。
教えられるよりも先に、死というものを身近に感じてた。


おとなになってからは、生きることのほうが難しく感じてしまったり、死ぬことに対してどんな死に方がいいか、なんて考えてしまったり。
こどもの頃は決して死に方なんて考えなかったなぁ。もう、すぐそこに死はあるんだけど、遊ぶ楽しさのほうが全然大きくて、今日はあの橋を渡れた!!っていう喜びに満ちていて。

虹を見つけたあの日、神様お願い、いい子になるからもう少しだけ虹を見せて、ってお願いしてたっけ。

純粋をなくしてしまわないように。

隣で私以上に虹を見て喜んでいる母を見ながら、やっぱし母よりも長く生きて、世界中の美しいものをたくさん見なきゃな、って思った夕方でした。
12:46 | 思い出すこと | comments(6) | trackbacks(0) | posted by nuri
口笛


昔できなかったこと

それは口笛を吹くこと

お兄ちゃんもお友達もみんなみんな口笛を吹いていたけど、私はどんなに口をすぼめても思いっきり息を吹いてもきれいな音が鳴ることはありませんでした。
みんな親切に教えてくれるんだけど。
どうして口から楽器のように音階ができるのか、どうして自由自在にメロディーを奏でれるのか、さっぱりわかりませんでした。

できないことほど憧れるものはありません。

25歳になったある日、やっぱり口笛が吹けない私はよっぽど思い詰めていたのでしょうか、その日から口笛の猛練習。

バイト先でも迷惑がられ、家に帰っても迷惑がられ、それでもいつでもどこでも口をすぼめてふぃーふぃー練習です。

4年の月日が経った今、ピータービヨンアンドジョンばりの口笛っぷりです。
遠くのカラスもスズメも私の口笛一吹きで飛んできます。



なぜこんなことを思い出したのか、それは今日友達のひとつの成功を聞いたから。
彼があきらめずにやったこと、それがひとつの成功に結びつきました。

おめでとう。

今日は空がきれいで空気も澄んでいる。
口笛を吹くには絶好の空。

続けていればできるようになるのかも、ね。

12:53 | 思い出すこと | comments(4) | trackbacks(0) | posted by nuri
絶望


学生の頃にZOLAという雑誌をよく読んでいました。
写真がきれいなことと、全体的に漂う耽美的な雰囲気に当時の私は酔っていたのだと思う。あの頃はよほど暇だったのか、よくもまあこんなにも、とあきれるくらい人生を嘆いていました。

ちょうど今くらいの時期に、浴衣の特集だったんでしょうか、記憶が定かではないのですが、雨の中和傘を差した美しい人達の写真が印象的でした。その女性の表情、浴衣の色、和傘の色・・・今日のような少し湿度があって雨上がりの空を見ると、なにかいい香りを嗅いだような、しっとりとなつかしくその美しい1ページを思い出すのです。

あの頃はZOLAをはじめ心に残る素敵な雑誌にたくさん出会っていたような気がします。当時は学生で自由に使えるお金もあまりなかったけれど、その代わり、何度も何度も読み返しては大切に扱っていたような気がします。宝物とまではいかないけれど、本棚にお気に入りの雑誌や本が並んでいるのを見るのはとても気分がいいものでした。

人生を嘆いては美しい写真の世界に逃亡し、孤独に酔ってはキャンバスに色を重ね、カメラを持って雨の中生きる術を探していた。振り返ると恥ずかしくて顔が赤くなりそうな。

でもあの頃に感じていたこと、光の色や花の香り、夜の匂い、孤独の色、絶望していた日々も今の私を作っているんだと思う。欠片が積もって砂時計のようにさらさらと流れてくるものなんだろう。

今感じていることも、遠い未来には欠片のひとつとなってきらきらと流れていくのだろう。そう思うと生きることが美しい絵画のように見えてくる。
16:48 | 思い出すこと | comments(0) | trackbacks(0) | posted by nuri
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